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<収穫>ベビーリーフ、小松菜、ミニチンゲン菜、赤からし水菜、水菜、ラディッシュ、人参、長ネギ、下仁田ネギ、リーキ、なべちゃんネギ、赤ネギ、松本一本ねぎ、カブ各種、ホウレンソウ、赤軸ホウレンソウ、イエローターニップ、ルタバガ、プチベール、ターサイ、茎ブロッコリー、芽キャベツ
<出荷>生活菜園、ワンドロップ、おおさか産直友の会、ピッツエリアホリウチ、ア・ニュ、望岳荘、ウエストファーム、バルダラ、個人顧客、Fujiya、増野 <作業>ベビーリーフ種まき、夏野菜片付け、サトイモ 長ネギ調整・出荷、種まき(キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、レタス、ソラマメ)、堆肥散布・耕うん(中通、横前ハウス) 朝は家の温度計で-10℃くらいになっています。油断していて、キャベツやブロッコリーの苗を凍らせて一部だめにしてしまいました。この時期すこし暖かいとひょろひょろと大きくなるのですが、冷え込みが厳しいとやられてしまうので、管理には気を付けないといけないです―。 先週は我が家の小鬼たちがいなかったのでブログを頻繁に更新できました。先週末からまた喧騒がもどってきたので、また通常のペースで・・・ 今年はホームページを更新します、写真もアップしていきます、忙しくなる前になんとか・・・ <収穫>ベビーリーフ、小松菜、ミニチンゲン菜、赤からし水菜、水菜、ラディッシュ、人参、長ネギ、下仁田ネギ、リーキ、なべちゃんネギ、赤ネギ、松本一本ねぎ、大根、ビーツ、カブ各種、ホウレンソウ、赤軸ホウレンソウ、イエローターニップ、ルタバガ、白菜、プチベール、ターサイ
<出荷>生活菜園、ワンドロップ、おおさか産直友の会、ピッツエリアホリウチ、ア・ニュ、望岳荘、ウエストファーム、バルダラ、個人顧客、Fujiya、増野 <作業>ベビーリーフ種まき、夏野菜片付け、サトイモ 長ネギ調整・出荷 先日朝ラジオを聞いていたら、昨今のイラン情勢と万が一イランと他国との間で紛争状態になった場合の影響について、専門家とアナウンサーがやりとりをしていた。 すべてをきちんと聞いていたわけではないので、どういう文脈で話したのかはよくわからないが、アナウンサーが「オイルショックのような原油価格の上昇、原油の入手が難しくなるような状況は起こりうるのか」という質問に対し、話していた専門家は「30から40パーセントの確率であるのではないか。」と答えていた。この答えにはアナウンサーも少なからず動揺していた「そんなに高いんですか」と。これはこのアナウンサーでなくてもぎょっとする数字だといえる。 昨年の大震災の直後、化石燃料が入手しにくい状況になった。3月というと、そろそろトラクターで畑を耕し始める時期にあたる。また、私たちは堆肥の製造・販売もおこなっているのだが、3月というと注文が多い時期である。堆肥を詰め込む重機や配達するダンプは軽油を燃料としているので、軽油がないと仕事にならない。 被災地やその支援にあたる方面で燃料が不足している、被災者が暖をとるにも事欠くような状況であるのに、直接の被害をこうむっていないわれわれが、多少燃料が入手しにくいからといってジタバタしているようではだめだ、緊急を要するところへ優先的に回すべきだ。と、わかってはいるのだが、こんな状態がいつまで続くのかと思うと正直なところ不安はかなりあった。燃料の価格が以前に比べれば随分高くなってきたとはいえ、まさかお金をだしても燃料が入手できないような状況がおこるとは、それまで真剣には考えていなかった。その他の影響も含めて、どれほど私たちが化石燃料に依存しているか思い知らされた。 電気も化石燃料だのみ、物流・交通も化石燃料だのみ、1次産業・二次産業・三次産業を問わず、化石燃料は不可欠である。石油の輸入量が大幅に減るような事態になれば、いくら備蓄がたくさんあるとはいえ、かなりの影響が各方面ででてくることは想像に難くない。 非常時にあって、混乱を起こさない、パニックにならない、じっと耐えるという東北の被災者の方々の姿は世界的に賞賛された。日本人の欠点、日本的な短所としてよくいろいろと言われるが、このような姿はなにものにも代えがたいくらい素晴らしい長所のように私には感じられた。ただ、関東大震災の混乱のなか、多くの朝鮮人が殺害されたという過去もあるので、一概に〝日本的な美徳〟とは言い難いのかもしれないが。仮に近い将来オイルショックのような状況になったとして、自分はどういう態度をとるだろうか。世間の人たちはどうか。 先のラジオのなかでの専門家のコメントがどれほど正確かはわからない。実際オイルショックのような事態にならないことを祈る。一方で、これほど化石燃料に依存しているような状態はどうにかしなければならないのは確かである。もう少し時間的に猶予があるような気がしていたが、ことによるとかなり痛みをともなう荒療法が必要になるのかもしれない。 <収穫>ベビーリーフ、小松菜、ミニチンゲン菜、赤からし水菜、水菜、ラディッシュ、人参、長ネギ、下仁田ネギ、リーキ、なべちゃんネギ、赤ネギ、松本一本ねぎ、大根、ビーツ、カブ各種、ホウレンソウ、赤軸ホウレンソウ、イエローターニップ、ルタバガ白菜、黒大根、トレビス、プチベール、ターサイ、茎ブロッコリー
<出荷>生活菜園、ワンドロップ、おおさか産直友の会、ピッツエリアホリウチ、ア・ニュ、望岳荘、ウエストファーム、バルダラ、サッカヴァン、マノア、個人顧客、Fujiya、増野 <作業>ベビーリーフ種まき、夏野菜片付け、サトイモ 長ネギ調整・出荷、春野菜(キャベツ、ブロッコリー、レタスなど)種まき 久しぶりの雪・雨となりました。大雪にはならず一安心。これでまた冷え込みが厳しくなると地面が凍り付いてしまうので、それはそれで厄介ですが。 先日ブログを更新したつもりがうまく送れていなかったようでした、結構たくさん書いたのですが残念。 昨日今日と妻の実家(鎌倉)へ。妻と子供たちはあと何日かは鎌倉、私は一足先に帰ってきました。上の娘は昨日はしゃぎすぎた反動で今日はメタメタでした。一緒にちょっと観光してから帰るつもりでしたが早々に別れて帰ってきました。帰りがけ、新宿でちょっと時間ができたのですが、時間をつぶす適当なこともなくバス停の近所をふらふらしただけで帰ってきました。普段は買い物をする時間が(お金も)ないので、プライベートな買い物といえば本かCDをネットで買うか食料品を近所で買うくらいなのですが、さてこういう街へ来て見ても買いたいものがこれといってないことに気がつきました。仕事に関することならいくらでもほしいものが(農機具・重機・車両・冷蔵庫などなど)あるのに― 〝ワークライフバランス〟なんてことばが昨今言われています。自分の場合ワークとライフの境界がほとんどないような状態でずっとやってきました。うまくいっていればそれは理想的な有り様だと思えるのですが、うまくいっていないと息つく間がない、ほっとできるような逃げ場がない、という厳しい状況を乗り切らないといけないことになります。 私は、近年の死因の1番はストレスだと考えています、病死の原因の第一位はタバコだといわれたりしますが、それは問題設定の仕方の問題で、病気、自殺、さらに交通事故まで含めて、自然災害によるものを除けばストレスが大なり小なりかかわっていることが多いのではないかと。 自分の場合、学生の頃ストレス性の病気でかなり痛い目にあったおかげで、ストレスに対する対処法はある程度学んできた気がします。それでも、懸案事項が1つや2つくらいならいつものこととしてやり過ごせるのですが、これが5つ6つと増えてくるとけっこうなストレスになります。こういうときは農業機械の操作や、車の運転などでも集中力が低下しがちであることは確かです。懸案事項というのは整理しないで放置しておくと漠然とした不安となって重くなる一方なのですが、それでも1つづつ整理していくとたいていどうにかなることがわかってくるものです。少なくともこれまでのところはどうにかなってきました。 確固とした事業基盤もなく、資金もなく起業したような人は、事業が軌道に乗るまでは生きるか死ぬかの問題で、ストレスもなにも関係ない、産業革命後の資本主義勃興期の労働者のごとく働けるだけ働くんだ、というようなケースが多いんではないかと思います、実際それではまずいところもあるのでしょうが、私はそういう時期というのはある意味乗り越えなければいけないと思います。 自分の場合、まだ乗り越えきっていないのですが、そろそろ乗り越え方を考えなければならない時期だという気はしています、あと2、3年というところでしょうか。ワークライフバランス、という言葉には若干の違和感を感じますが、プライベートを充実させることがワークにとっても良いという考え方はその通りだと思うので、もう少しゆとりのある状態にしていくべく手を打っていきます。 こんなことを考えながら書いていたら、ラジオから「今年の目標は、来年頑張るです―」などというだいたひかるの声が聞こえてきてなんか脱力です― <収穫>ベビーリーフ、小松菜、ミニチンゲン菜、赤からし水菜、水菜、ラディッシュ、人参、長ネギ、下仁田ネギ、リーキ、なべちゃんネギ、赤ネギ、松本一本ねぎ、大根、ビーツ、カブ各種、ホウレンソウ、赤軸ホウレンソウ、イエローターニップ、ルタバガ白菜、黒大根、トレビス、プチベール、ターサイ、茎ブロッコリー
<出荷>生活菜園、ワンドロップ、おおさか産直友の会、ピッツエリアホリウチ、ア・ニュ、望岳荘、ウエストファーム、バルダラ、サッカヴァン、マノア、個人顧客、Fujiya <作業>ベビーリーフ種まき、夏野菜片付け、サトイモ 長ネギ調整、堆肥散布(中通・横前ハウス) 採れる野菜がすくなくなりました。欠品が多く申し訳ありません。 野菜が採れていないのはウチだけかと思っていたら、どうも世間も野菜があまり採れていないようで、野菜が高騰しているそうです。こういう時にどしどし出荷できれば、などと思っても仕方ありません。 先日何気なく見ていたテレビで、宮城県女川町で、震災後につくられた臨時FM局のドキュメンタリーをやっていた。避難所となった小学校の校庭の片隅につくられた2坪ほどの仮設FM局。運営するスタッフはみなボランティアで集まった素人ばかり。番組の構成、取材、アナウンスまですべて初心者が悪戦苦闘しながらやっていた。当初スタッフ同士は震災後の、被災者同士の特殊な連帯感があり、各人も情報を提供するという使命感に燃えて、充実した仕事風景に見受けられた。 当初は1日2回の放送が、住民の反響もあり1日に朝昼夜3回の放送に。中心スタッフ(もちろん素人)は、番組の構成、取材、アナウンスなどの業務におわれて、休みなしで連日15時間くらい働き続ける。スタッフの間に疲労感が漂い始め、そのうちにスタッフ同士の意識の差が顕在化してくる。スタッフ同士の衝突が頻繁におこるようになる。初期からのメンバーの一人が仕事に出てこなくなって、仕事場はさらに混乱してくる。 そんな折に、近年まれにみる巨大台風が直撃という出来事がある。緊急時の情報提供、という放送局がもっとも聴者から必要とされる状況の中で、あるスタッフは十数時間通しでマイクに向かって被害状況等を放送し続ける。 この時にマイクに向かって放送を続けていたスタッフはもともとフリーターで、今まで何をやっても中途半端だった、と話していた。また、震災で家をなくし、家族は仮設住宅暮らし。家族でお金を貯めて新しい家を作ろう、というときに、ボランティアで放送の仕事をしている彼には家族の非難が集中しているとのこと。震災後の復興需要があるときに、定職につかずにボランティアなどしていることに対して、自身も不安や焦燥感を感じていた。FM局はあくまで臨時の放送局。今年の3月までやることが決まったが、それ以降はわからない。彼は不安や焦燥感を感じつつも、最後までやるといっていた。 こういうことは、ボランティア活動を組織として、長期間行うような場合におこる集団のありようの一つの典型かもしれない。また、それにかかわる個人のありようの一つの典型かもしれない。彼ほど劇的な状況ではないにしろ、私自身も似たような心の惨劇を経験したことがある、もしかしたら今もその渦中にあるといえばいえるような気もするが。adversity makes a man wise ・・・と言いたいところだが、自分の場合一向に〝wise〟にはなっていないのは確かなような。 「とてもまともな情報を提供できたとは思えない。少しでも役にたっていればいいのだけれど・・・」 台風の時にマイクに向かい続け、疲労困憊で放送を終えた彼が言っていた。ボランティア=善だ、やればいいんだ、という倫理的な雰囲気は多分に怪しいところがあるといえる。「役に立っているかどうか本当のところよくわからない。もしかしたら一人相撲かもしれない。ただ今の自分はこれをやらなければ前へ進めないからこれをやるんだ」そういう葛藤を含んだもののほうがより重いと思う。 この番組を制作したした人たちが当初描いていたストーリーとは多分違う筋書き、ドラマとなっていったに違いない。 だからこそ、詰将棋的なよく出来たお話よりはるかに面白い番組になっていた。
<収穫>ベビーリーフ、小松菜、ミニチンゲン菜、赤からし水菜、水菜、ラディッシュ、人参、長ネギ、下仁田ネギ、リーキ、なべちゃんネギ、赤ネギ、松本一本ねぎ、大根、ビーツ、カブ各種、ホウレンソウ、赤軸ホウレンソウ、イエローターニップ、ルタバガ、紅大根、白菜、黒大根、紅芯大根、トレビス、プチベール、ターサイ、茎ブロッコリー
<出荷>生活菜園、ワンドロップ、おおさか産直友の会、ピッツエリアホリウチ、ア・ニュ、望岳荘、ウエストファーム、バルダラ、サッカヴァン、マノア、個人顧客、Fujiya <作業>ベビーリーフ種まき、カブ・ホウレンソウ種まき、夏野菜片付け、サトイモ 長ネギ調整 新年おめでとうございます、今年もよろしくお願いします。 ![]() 昨年はあと少しというところで力尽きました、最後の週は風邪のため、最低限のことしかできず、年が明けてからも風邪がなかなか治らず、最低の年末年始となりました。 ようやく復調してきました、明日から年賀状を書きます。 正月休みの間にする予定だった年間の作業計画を、これから頑張って作ります。例年これをしっかりやらなかったがために、繁忙期は果てしない労働を自分を呪いながらする羽目になっていた。という反省に立って、今年は作業が爆発しないようにスケジュールを組んでいきます。 今年は、いよいよ農業研修と地元農家への援農(作業受託)を組み合わせた新たな取り組みに着手していきます。これまででもいっぱいいっぱいでやってきたのに、新しいことが本当にできるのか。これまでやってきた部分の仕事を合理化しつつ、新しい取り組みがこれまでの仕事にとってもプラスになるようにしていく、頭のなかではうまくいくはずなのですが。 昨年は大変な年でした。それは直接被害を受けなかった自分(たち)にとっては、どこかしら他者が大変だった、というニュアンスがある言い方です。当事者の苦しみは、本当のところそれ以外の人にはわからないところがあります。しかし、今年以降、日本はいよいよ大変になってくるという気配を感じます。それは他者が、ということではなく、当事者としてです。 年金は70歳まで受け取れない(そんなに生きられるの―?)、収入増は見込めないのに、税金は増える一方、それなのに行政のサービスは今後削られていく一方(国が破綻したらどうなるの―?)・・・・ いろいろなことがこれまでと同じようにやっていけなくなってくる、これまでのやり方ではどうもだめだ、ということはなんとなく感じているが、じゃあどうすればいいのか。 とりあえず他者(政治家、行政、大企業、その他誰でも)のせいにしたり、物事に対してシニカルであったりすることは安易です。どんな状況にあっても、理想を描いて、それを実現しようと(現実を変えようと)努力しつづける―ある人はそれを「人間力」という言葉で表現していた―そういう人間の底力みたいなものがこれから一層試されるようなると思います。
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